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FIGU要綱
真理・英知・愛の探求、そして創造に対する理解と畏敬を基本的態度とする。

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FIGU要綱

「FIGU要綱」は、FIGUの活動の基本となる重要な事柄を50ヶ条に取りまとめたものです。FIGUの活動は多岐にわたりますが、要綱に反映されている基本的態度、すなわち真理・英知・愛の探求、そして創造に対する理解と畏敬は、すべての事柄に共通する基盤となります。なお、要綱の原文はドイツ語で記されており、フィグ・ヤーパンが日本語に全訳したものです。

1) 我々は、「境界科学・精神科学およびUFO研究の自主共同体」という名の下に、スイス民法第60条以下に則り設立された、非営利を旨とし、納税の義務を負う団体であり、年度決算は正規に公表される。
2) 我々は、宇宙万物の創造者としての神、神の御使い、天使、聖人、その他、人間やそれ以外の生物や世界の運命を司るいかなる高次の存在をも信じない。また、我々はどの様な宗教宗派にも属さない。
3) 我々は、あらゆる力、権力、存在の至高の形態として創造そのもののみを認め受け入れる。創造は、普遍意識としての全宇宙存在そのものであり、究極的絶対なるもののすべてを包括する圏に位置する。
4) 我々は、創造に対しても、その他どのような事物に対しても崇拝しない。祈りはと創造に対してのみ、平等に、しかし崇拝の形をとることなくなされる。創造は崇拝も祈りも要求しないが、ある人間がそれを望むのなら、それも可である。しかし、そのような祈りは決して崇拝の形をとるべきではない。なぜなら、創造は宗教儀礼的な見地におけるいかなる崇拝も必要としないからである。しかし、創造を祈りのような形式で敬い、畏敬の念を抱くことは、その人間の自由である。
祈るときには屈従にならず、自尊心を保った毅然とした態度でなされなくてはならない。このことは祈りが自分自身の霊に向けられる場合も同様である。自分の霊もまた創造の一部なのである。
祈りは決して請うような、あるいは卑屈な態度ではなく、毅然とした、あらゆる屈従から解放された態度で行わなければならない。人生のあらゆる事柄にあたって自分の人格に対する自己責任の意識をもって行なわれなくてはならない。
5) 我々は、全知であること、創造や生命の究極の秘密を知ることを要求しない。完全な知識、完全な英知は、ただ創造のもとにおいてのみ、あるいは創造の霊と創造の法則と掟においてのみ存在する。
6) 我々は、崇拝し、礼拝するいかなる師も、神も、崇高存在も、達悟者も、グルも、神の御使いも持たない。我々には、霊や意識形態等に関する事柄について、また生命、霊、創造、究極的絶対者、創造の法則や掟に関するすべての事柄について教えてくれる一人の教師がいるだけである。しかし、この教師は他の人間より上でもなければ下でもなく、祭り上げられることはないが、ふさわしい敬意が払われる。しかし、崇拝されることも聖者扱いされることもない。彼はごく普通の人間であり、万事にわたって他のどんな人間ともまったく同じように平等であり、それ以上でもなくそれ以下でもない。したがって、FIGU共同体の教師は他の全会員とまったく同じ普通会員であり、より高いあるいはより良い地位が与えられることはない。
7) 我々には「使徒長」はいないし、神や聖性や創造の代理人を務めるような人間も存在しない。各自が自己の行為、行動、人生の万事にわたって自ら責任を負うべきであり、何が善であり悪であるか、または誤りであるか正しいか、肯定的か否定的かということを告げるために神や聖性、あるいは創造が人の上に立つことはない。
8) 我々は、「聖なる封印」を行わず、また宗教的儀礼的形態の祝福(「神のおぼしめし」)を行わない。
9) 我々は、洗礼(「悪魔払い」)を行わない。
10) 我々は、礼拝も聖餐式(これはキリスト教によれば、いわゆる「封印された人々」=祝福された人々だけが受けることを許される)も行わない。
11) 我々は、いかなる教義も教理もなく、そのようなものに従って生きることもない。
12) 我々は、罪の救済を説かず、どんな人間も自己責任のもとで、創造の自然の法則と掟に従って生きなければならないということを教える。
13) 我々は、宗教儀礼的邪説である罪と罰を拒否する。なぜなら、進化法則によれば、完全無欠の人間はなく、自らの人生において学んでいかなければならないからである。学ぶということは犯された間違いを認め、是正することによって、進歩するということである。それゆえ、間違い(「罪」)が犯されたならば、それは、現世、来世(=天罰/カルマ等)にかかわらず、罰(あがない)によって再び滅ぼされなければならないというのは間違いである。(刑法違反は単なる間違いではなく、人間の法律に則って罰すべき行為である。)
14) 我々は、カルトでもセクトでもなく、布教意識もない。仲間内の意識面の#(霊的な)狭量さもなく、狂信に囚われない。
15) 我々は、あらゆる世俗的な、また宗教的な思考方向も信仰方向も許容する。だからといって、我々がこうした方向性と妥協しなければならない、というわけではない。FIGUにはいかなる宗教的、傾倒的な思考方向も信仰方向も存在しないし、熱狂的宗教的な儀式が執り行われることもない。
16) 祈りの代りに瞑想が行なわれるが、自分自身の霊や創造に向けられた祈りは瞑想にほかならない。
17) 我々は、官公庁や国家に反対せず、防衛軍での兵役を拒否しない。(邦訳注:スイスでは国民皆兵のため、国民は兵役の義務がある)
18) 我々は、一人の人間が暴力的に国民を支配するような地位(独裁等)を占有し、自身の権力欲や支配欲にふけることに反対する。したがって、我々はすべての宗教的、宗派的、また狂信的、独裁的、軍事的、急進的な民族指導者に反対する。
19) 我々は、イデオロギー的、政治的、宗教的形態のあらゆる過激主義、根本主義、テロリズム、無政府主義、狂信主義に類するものを拒否する。
20) 我々は、あらゆる宗教的、軍事的、政治的暴力行動に反対し、いかなる攻撃行動をも拒否する。
21) 我々は、進歩と平和を目指す純粋な防衛形態以外の、あらゆる種類の革命と戦争に反対する。
22) 我々は、生物兵器、化学兵器を使ったあらゆる戦略や汚染、また核実験、核兵器使用(営利も含めて)に、そしてあらゆる原子力エネルギーに反対する。(爆発的な人口増加によるエネルギーの必要性の結果、またより良いエネルギー開発の欠如のために、今のところ残念ながらまだ回避できる状況にないが、回避できるようになり次第、原子力発電所に反対する。)
23) 我々は、あらゆる人口過剰の助長に反対し、それに対して闘う。
24) 我々は、あらゆる拷問と死刑に反対し、それに対して闘う。
25) 我々は、外国人憎悪と人種差別に反対し、それに対して闘う。
26) 我々は、あらゆる女性差別と婦女暴行に反対し、それに対して闘う。
27) 我々は、あらゆる幼児虐待と幼児暴行に反対し、それに対して闘う。
28) 我々は、あらゆる動物虐待と居住空間における動物の飼育に反対し、それに対して闘う。
29) 我々は、あらゆる自然破壊及び自然を害する不必要な森林伐採とあらゆる海洋や河川の汚染と破壊に反対し、それに対して闘う。
30) 我々は、あらゆる人身売買、あらゆる奴隷制度、奴隷化、またその他の制圧行為を禁じ、それに対して闘う。
31) 我々は、あらゆる権力行使を拒否する。なぜなら、すべての人間は他人の権力によって侵すことのできない生来の自由への権利を有しているからである。我々はまた金権主義を拒否し、同様に、宗教権力主義も、政治権力や軍事権力主義も拒否する。
32) 我々は、あらゆる非合理な暴力に反対する。それゆえ、我々はまた神や、聖者、セクト、政体、その他の権力や宗教の名におけるあらゆる暴力にも反対する。
33) 我々は、兵器や、戦争、革命の祝福や神聖化に反対する。また、宗教や、セクト、神性、聖者、権力の亡者等々の名におけるすべての攻撃的、致命的行動に反対する。
34) 我々は、人間の絶対的な、内的及び外的自由を目指す。それは、いかなる人間の条例や法律にも、学校、施設、宗教、セクト、各種特別集団、また、軍隊や、いかなる世俗的権力者にも制限、抑圧されてはならない。
35) 我々は、全宇宙の中で地球だけに生命が存在するのではなく、他の地球外、太陽系外の世界にも人間やそれ以外の生命が存在するということを知り、また確信している。
36) 我々は、FIGUが主唱する事柄を何らかの形で伝道するつもりはなく、自発的に我々のもとに来て、質問する人々に対して我々の教え、見解、考え方を代弁するものである。
37) 我々は、あらゆる麻薬、薬物、アルコールの濫用に対して断固反対する。
38) 我々の原則は、「無干渉共存」ではなく、「援助共存」である。
39) 我々FIGU枠内において政治的行動形態を取ることは絶対にない。
40) 我々は、宗教、世俗を問わず、あらゆる狂信的、抑圧的、また、心身および人格を破壊する、すべてのセクト活動に反対する。
41) 我々の教えと考え方は転生/再生に従う。つまり物質的生命から純粋霊化を経て、はるか未来における創造そのものと一体化するまでの進化の主旨である。
42) 我々が目指すのは、知識、愛、調和、英知、進化であり、権力、金銭、富ではない。
43) 我々は、困窮者たちに対して、心理的な生活援助を行うが、「活動連盟」の枠内では我々の能力の許す範囲内で物資援助もまた行う。(「活動連盟」献金は全額、援助目的のため、また郵送料及び梱包のために使われ、それが営業費や、人件費、管理費に割り当てられることはない。FIGUにおける活動は全会員によってすべて無報酬で行なわれる。)
44) FIGU共同体の全所有物(財産、物資、金銭)は全会員の一般・共有財産である。したがって個人の所有物と称するものはない。
45) 我々は、あらゆる分野、すべての学問におけるあらゆる進歩に対して、それが倫理的かつ、進化に有利なものである限り賛成する。
46) FIGUの全活動は、会員自身によって定められた月会費や年会費、さらに会員や一般の人たちによる任意の連帯寄付金によって賄われる。
47) FIGU共同体は多くの書物を自費出版及び自主販売(水瓶座時代出版)、ならびに外部の出版社を通じて出版する。
48) 我々は、バランスのとれた栄養(野菜、果実、漿果、穀物、肉や他の動物性食物等)だけが健康な生活法と進化(肉体的、精神的、意識的)を保証する、という確信に基づいて生活する。
49) FIGU各会員は、FIGU共同体に完全な自由意志によって参加し、創造の自然の法則と掟を認識し、また、自分自身と全人類と全生命の幸福と進歩に対する自己責任と義務遂行の使命を認識し実行することをその旨とする。
50) 我々は、人間に生命が与えられているのは、自己責任とその他すべての人間としての義務の枠内において極力進化を目指して生きるためである、という見解を主張する。そこには責任忌避や、殺人、自殺によっても、単に生命の義務遂行を拒否しても、それを回避する権利はない。

『FIGU要綱』(1998年8月発行)から

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